ナンバーレスカードと、二度見された夜のこと

ホテルのチェックイン時、デポジットとしてクレジットカードの提示を求められることがある。
それは特別なことではないし、宿泊者にとっては、ごく事務的な通常のやり取りの一つだ。
この前、東京のいわゆる「御三家」と呼ばれるホテルに、仕事で宿泊したときのことだった。
最近はナンバーレスカードが当たり前になっている。
私もその流れで、法人用のナンバーレスVISAカードをデポジットとして差し出した。
すると、フロントのスタッフが、少し間を置いて、こう聞いた。
「ナンバーレスではないカードはお持ちでしょうか?」
理由は理解できた。
カード番号が見えないと、手続き上、扱いづらい場面があるのだろう。
私は特に深く考えず、もう一枚のカードを財布から出した。
それは、ダイナースプレミアムカードだった。
その瞬間だった。
スタッフの方が
「あっ……」
と小さく声を漏らし、
一瞬こちらを見て、もう一度、私の顔を見た。
いわゆる、二度見というやつだ。
ただ、それだけのことだった。
そのあとにサービスが変わったわけでもない。
部屋がアップグレードされたわけでもない。
対応が過剰に丁寧になったわけでもない。
チェックインは、そのまま淡々と進んだ。
部屋に向かいながら、私はその「二度見」について考えていた。
あれは、カードに対する反応だったのか。
それとも、「まだ持っている人がいるんだ」という単純な驚きだったのだろうか。
あるいは、何の意味もなかったのかもしれない。
昔の自分なら、この出来事を少し誇らしく感じていたかもしれない。
「やはり違いはある」
「分かる人には分かる」
そんな言葉を、頭の中で補足しながら満足していたかもしれない。
でも今は、少し違う感想を持った。
あの「あっ」は、カードの価値を示す証明ではない。
むしろ、
「時代の変化の中で、まだ残っている“記号”を見た驚き」
に近かった気がする。
ナンバーレスカードでのタッチ決済が増え、支払い時にはその記号はどんどん見えなくなっていく。
便利で、合理的で、一定のリスクも回避できる。そして誰が何のカードを使っているかは、もうほとんど分からない。
その流れの中で、番号が刻まれ、重みを持つカードは、少しずつ「例外」になりつつあるのかもしれない。
だからこそ、あの二度見は、ステータスではなく、もしかしたらノスタルジーに近いものったのかもしれない。
「まだ、これを使う人がいるんですね」
そんな無言の一言。
考えすぎなのかもしれない。
こちろんこの話に、教訓はない。
おすすめもない。「どのカードが良い」という結論もない。
ただ一つ言えるのは、カードが人に与える印象は、確実に変わってきている、ということだけだ。
そして、ホテルのサービスは何も変わらなかった。
それが、今の自分には一番しっくりくる結末だった。
後記
この出来事は、カードの優劣を語るための話ではありません。
「見せるもの」と「見られるもの」が静かに入れ替わっていく途中の、小さな観察記録です。


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