カードを差し出すという行為

JCB THE CLASS

 

先日、娘とリーガロイヤルホテル小倉のセラーバーを訪れた。

久しぶりに再会した娘と寿司を楽しみ、その後ゆっくりとグラスを傾けた。

心地よい時間だった。

 

会計はJCB THE CLASSで支払った。

 

いつものようにカードを取り出したのだが、最近少し気になることがある。

ホテルのバーでの支払い方が変わった。

以前であれば、バーテンダーやスタッフが伝票を持って来る。

こちらはカードを手渡す。

スタッフが一礼し、決済を済ませて戻って来る。

そして最後に

「ありがとうございました」

という言葉が交わされる。

ほんの数十秒のことだ。

しかし私はあの時間が嫌いではなかった。

 

ところが最近は違う。

伝票を受け取ると、

「こちらでお願いします」

とレジへ案内される。

端末にカードをかざす。

決済完了。

それで終わりだ。

 

もちろん合理的である。

早い。

安全でもある。

店側にとっても効率的なのだろう。

私自身もその便利さを否定するつもりはない。

 

しかし、何かが失われた気がしている。

おそらくコロナ禍を境に、この変化は一気に進んだ。

人と人との接触を減らす。

カードの受け渡しを減らす。

その流れは自然なことだったのだと思う。

 

だが、その過程で消えてしまったものもある。

それは決済という行為の中にあった小さなコミュニケーションだ。

ブラックカードというものを考える時、多くの人は特典やステータスを語る。

空港ラウンジ。

コンシェルジュ。

優待サービス。

 

しかし私にとって、本当に価値を感じる瞬間は案外そういうものではない。

ホテルのバーで静かな時間を過ごし、最後にカードを差し出す。

その数秒間に流れる空気。

丁寧な所作。

言葉遣い。

そうしたものにこそ価値を感じていたのかもしれない。

 

時代は変わる。

キャッシュレス化はさらに進むだろう。

やがてカードそのものを取り出さなくなる日も来るかもしれない。

スマートフォンや生体認証で決済する時代になるのだろう。

それはきっと便利だ。

けれど私は時々思う。

便利さとは、何かを失うことでもあるのではないかと。

 

会計の効率は上がった。

その代わりに、人と人との間にあった小さな所作は少しずつ姿を消している。

JCB THE CLASSを財布に戻しながら、そんなことを考えた。

 

ブラックカードの価値とは何か。

昔の私は特典の数を数えていた。

今の私は、そのカードを差し出した時に生まれる時間の方を大切に思っている。

 

だからこそ、カードをかざすだけで終わる会計に、少しだけ寂しさを感じるのかもしれない。

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